「アートを経営するシリーズ」とは?
本コンテンツは、2016年から文化政策に携わってきた筆者が、実際に得てきた知識を筆者なりにまとめたものとなっています。
アートと社会がよりつながっていく時代を築くために、
得てきた知識をコンテンツとしてまとめるとともに
これを深めて、掘り下げていくことで、
社会におけるアートの可能性を追求していこう、という試みです。
どんな内容を掲載していくのか?
基本的には、
- 法令や計画などといった総論に関すること
- 学説や論文など学術的な内容に関すること
- 実際の事例や、マーケティング、ファンドレイジングなど具体的な取り組みにかんすること
を想定しています。
つまり、筆者の琴線に触れた内容であればなんでも掲載していきます(笑)
なお、本コンテンツは各種参考資料を踏まえ、可能な限り精度の高い内容となるよう制作しておりますが、あくまでも、筆者個人の見解でまとめたものとなっておりますことを、あらかじめご了承ください。
前回の記事はこちらからどうぞ
公立の劇場・ホールの2つの性質
今回は、公立の劇場・ホールが有する2つの法的性質について紹介します。
公立の劇場・ホールには、大きく分けて
「公の施設」と「劇場・音楽堂」という性質を有しています。
「公の施設」としての性質
公立の劇場・ホールを公の施設とする法的根拠は、地方自治法にあります。
地方自治法
- 第244条第1項
普通地方公共団体は、住民の福祉を増進する目的をもつてその利用に供するための施設(これを公の施設という。)を設けるものとする。 - 第244条第2項
普通地方公共団体(次条第三項に規定する指定管理者を含む。次項において同じ。)は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない。
つまり、
公立の劇場・ホールは、
誰もが公平に利用できる場所として機能しなければならない
という趣旨で、地方自治法上に定められています。
ここでいう、利用というのは
- 公演を観にいく
- 展示室を借りて、展覧会を開く
- 練習室を借りて演劇の練習をする
といったことがあげられます。
公演を観る、施設を借りる、などといった「目的に沿った利用をしたい」という住民ニーズに対して、公平に施設を開くこと。
これが、公の施設としての公立劇場・ホールの性質です。
公平性を担保するために必要なルールが定められている
そのために、公立の劇場やホールの運営ルールは、
- 利用は原則、先着順もしくは抽選
- 連続で利用できる期間は限られる(数週間~1ヶ月程度)
- 利用料金が比較的安価
といったルールになっていることが多いです。
一方で、利用料金が安価といっても、他の施設より原価が低い、というわけではないので、
公立の劇場やホールは収益を上げるどころか、原価割れをする場合がほとんどです。
貸せば貸すほど赤字になる施設、という言われ方をされることもあります。
専門性がなくても、施設運営が成立する側面もあった
一方で、あくまでも公立の劇場やホールは、「公の施設」としての性質しかなかった、とも言えるので
施設の運営に専門性がなくても、
- 施設を維持管理する業務
- 施設の予約受付と、パッケージ公演の展開
極端な話、上記のような業務さえ行っていれば成立してしまう、
それが、公の施設としての、公立の劇場やホールだったといえます。
劇場・音楽堂としての性質
そんな中で、2012年、日本における「劇場・音楽堂とは何か」を明示した法律が制定されることになります。
それが、劇場,音楽堂等の活性化に関する法律(通称:劇場法)です。
この法律には、日本における劇場・音楽堂が果たすべき役割と、具体的に取り組むべき項目などについて定められています。
劇場・音楽堂は、施設ではなく、機関である
この劇場法の特徴は、前文と第3条にあります。
【劇場法 前文より(抜粋)】
(・・・)劇場、音楽堂等は、文化芸術を継承し、創造し、及び発信する場であり、人々が集い、人々に感動と希望をもたらし、人々の創造性を育み、人々が共に生きる絆(きずな)を形成するための地域の文化拠点である。また、劇場、音楽堂等は、個人の年齢若しくは性別又は個人を取り巻く社会的状況等にかかわりなく、全ての国民が、潤いと誇りを感じることのできる心豊かな生活を実現するための場として機能しなくてはならない。その意味で、劇場、音楽堂等は、常に活力ある社会を構築するための大きな役割を担っている。(・・・)
つまり、
劇場・音楽堂は、文化・芸術を通して、人々の創造性を育み、絆をつくる地域の文化拠点として、その役割を果たしていくことが必要だ
と、この前文では示されています。
また、劇場法第3条では、劇場・音楽堂が取り組むべき事業について、例示として列挙されています。
- 実演芸術の公演の企画・実施
- 実演芸術の公演・発表の場の提供
- 実演芸術に関する普及啓発
- 他の劇場、音楽堂等その他関係機関との連携
など、全部で8つの事業が掲げられています。
その中でも、とりわけ特徴的なのは、以下の事業です。
劇場,音楽堂等の活性化に関する法律について | 文化庁
第三条(劇場、音楽堂等の事業)
八 前各号に掲げるもののほか、地域社会の絆の維持及び強化を図るとともに、共生社会の実現に資するための事業を行うこと。
つまり、劇場・音楽堂が地域社会の課題にアプローチするとともに、社会包摂の実現に向けた取り組みをしていく機関であることを、この項目が明示している、と言えます。
2つの性質を両立するということ
施設の法的な性質が2つあるということは、
当然対称的な課題を持つことにもなります。
➡しかし、ロングラン公演の日数が多ければ多いほど、住民の施設の利用機会を減らすことになる。
この場合は、
劇場・音楽堂の経営戦略としては有効かもしれませんが、
他方で、公の施設としての機能を一部制約しているともいえることになってしまいます。
➡ワークショップとなれば、大人数を対象とすることは難しく、鑑賞事業系のプログラムと比較して、費用対効果を高めることは難しい。
現代の公立の劇場・ホールとして、
これらの取組はむしろ積極的に展開していかなければならない一方で、
経営戦略として、このような事業ばかりでも、
劇場・音楽堂自体の持続可能性に影響を与えかねません。
つまり、
- 公立の劇場・ホールとして、地域の文化的課題に戦略的にアプローチすること
- 公の施設として、誰もが公平に文化芸術に触れたり、施設を貸し出す機会を整備すること
この2つのバランスのとり方が重要で、かつ、難しい課題になってくることとなります。
まとめ
- 公立の劇場や公共ホールには、「公の施設」と、「劇場・音楽堂」の2つの側面がある
- 「公の施設」としての役割は、地方自治法に示されており、「劇場・音楽堂」としての役割は劇場法に示されている。
- この2つの法律の位置づけを踏まえたうえで、バランスを保ちながら施設を経営していく必要がある。
いかがでしょうか?
今回は、公立の劇場や公共ホールには、
2つの法的側面があるというところにスポットを当てて整理しました。
2つの側面があることで実態としてどのような課題が生まれているのか、
今後の本シリーズの中でも、少しずつ言及していければと考えています。
今回は、これで以上になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この記事を読んだあなたの人生が、
少しでも豊かになりますように。
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